「通訳者への道―日中通訳者が語る通訳事情」公開討論を振り返って

  「通訳者への道―日中通訳者が語る通訳事情―」公開討論の部では、会場は熱気に包まれると同時に、パネリストの先生方のウィットに富んだお話と幅広い知識に触れることができました。ここでは公開討論の一部を皆さんと共に振り返ってみたいと思います。(敬称略で記載させていただいています。ご了承ください。)

 

Q1:初めての同時通訳について教えてください。
徐滔:大学院を卒業した年に初めて同時通訳をしました。資料にひととおり目を通してはいましたが、実際現場に出てみると原稿を読むことすらできなかったですね。

蔡院森:1993年です。大会堂で勤務先の社長の授賞式典があって、そこで同時通訳をしました。原稿がありましたので、それほどプレッシャーは感じませんでした。うまくいったと思います。

古川典代:30年近い通訳人生になりますが、当時は日本の外資系企業の化粧品に関するインタビューで、中国語を日本語に同時通訳しました。当然原稿がなくていきなりなので、緊張感もさながらでした。

万紅:一番印象に残っているのはやはり初めて逐次通訳をした時のことです。大学卒業後ある機関に勤務していたのですが、通訳を始めると数字ばかりで、ほとんどうまく通訳できないまま、相手の方にマイクが渡ってしまいました。これは本当に忘れられません。

周慧良:専門の金融関係の内容だったと思います。相対的に言って、そんなに緊張はしませんでした。日頃から日本語で考える習慣をつけていれば、初めての時も難しくはないと思います。

 

Q2:古川先生からはラギングといったようなテクニックについてご紹介いただきました。なぜ最近になってようやくこうしたテクニックが取り上げられ始めたのでしょうか?また、練習した例はほとんどが外来語ですが、日本語の同時通訳の練習方法は、英語での訓練方法が基礎となっているのでしょうか?

古川:日本での通訳トレーニングはもともと英語の通訳トレーニングが基礎になっています。英語の通訳のトレーニング方法は、英語教育界でも需要がありますから、同じように中国語通訳のトレーニング方法を中国語教育にも活用しています。新しい方法をどんどん積極的に取り入れて、学生に飽きずに勉強してもらうために、その分野の研究をしています。

 

Q3:日中通訳の分野は日英通訳ほど細かく分かれていません。一人の通訳者が複数の分野を扱っているということになります。では、なぜそうした状況になっているのでしょうか。また、今後の見通しについていかがでしょうか?

古川典代:まだやはり需要が英語ほどないんですね。中国語はまだまだニーズに対して、供給するほうの通訳者の供給自体も少ないので、まだ分割していないです。人権とか生命にかかわる司法通訳と医療通訳は一定のニーズがあります。特定の分野でのニーズは続けてありますが、それ以外はあまり増えていく可能性は少ないかな、というのが今のところです。

 

Q4:中国の通訳教育は、何を通訳理論と指導の方法のベースにしていますか、新しい研究活動などについてはいかがでしょうか。

徐滔:日本での日中通訳が日英通訳に後れをとっていると言うなら、中国はスタートしたばかり、今まさに手探りで進んでいる状態です。主に英語のほうの理論をベースにしています。我々もそこからできるだけ多くのことを学ばなければなりません。さらに日本の教育経験も取り入れなければなりませんが、目標は新しいものを創ることです。

 

Q5:蔡先生にお伺いしたいと思います。仕事以外の時間の過ごし方、体力維持の方法、精神的ストレスを感じること、お使いの専門的な辞書、先生のご趣味などについてお聞かせ願いますか?

蔡院森:本を読むのが好きですね、インターネットもします。同時通訳、逐次通訳というのは、頭を使う仕事のようですが、実は体力が必要な仕事なんです。体をベストな状態に保つことが非常に重要です。一日のうち、仕事をしている時間が多いです。単語を調べたり、現場を見に行ったり、帰宅した後もでてきた重要な問題を記録したり、少なくとも週に一回は自分の単語リストを整理します。NHK、日経のウェブサイト、新浪、捜狐なども見なければいけません。今マイクロブログをやっているんですが、こうしたことは習慣になっていて、それが楽しみにもなっています。楽しみがあれば続けられますし、それが仕事をさらにうまくやる秘訣とも言えます。同時通訳、逐次通訳を問わず、相手が言おうとすることを過不足なく聞き手に伝えることができる、それ自体が楽しみであって、クリエイティブなプロセスなんです。

 

Q6:先生はどのような本を読んでいらっしゃいますか?

蔡院森:難しい質問ですね。子供の頃、自宅近くに図書館があって、そこの本はひととおり読みました。大学に入ってからは、特権をもらって、貸出カードに記入しなくても、図書館に行けば本が読めました。ですが、仕事を始めてからは、本を読むことがだんだんと少なくなって、新聞、雑誌、ウエブサイトを見ることが多くなりましたね。ですから、表現力が弱くなってきました。

 

Q7:そんなに多くの本をお読みになっていたんですか。通訳を始めることになって役に立ったと思うことはありますか?

蔡院森:間違いなくそう言えます。「将を射んと欲すれば、まず馬を射よ」という諺がありますよね。なかには通訳の時に役に立つものもありますが、総合的な働きをするものであって、即効性のあるものではないんです。即効性を求める場合は、新聞、雑誌を読んだり、インターネット検索をしてもいいんです。でも、特別うまくやろうと思うなら、やはり自分の文学的素質を高めることが必要でしょう。

 

Q8:蔡先生はどのようにして記憶力を高いままで保っていらっしゃるんでしょうか?

蔡院森:記憶力はそんなによくないんです。良くないくせがあるんですが、例えば、夜なんかに単語が思い出せないと、起きてきて、パソコンで検索するか、資料をめくってみるか、絶対に調べないと気が済まないんです。

 

Q9:お仕事の時に「モチベーションが上がらなかった」ことはありますか?

蔡院森:ええ。一度、スピーカーの発言を聞いて思わず笑い声をあげてしまったことがありますが、これは職業倫理に反することです。

 

Q10:そんな時、周先生ならどうされますか?

周慧良:なんとかして注意力を集中させようとします。例えば、中国側指導者の話すスピードが非常に早い場合なんかに、一字一句訳すのは大変です。要点を押さえながら、通訳していきます。

 

Q11:万一、同時通訳の時に聞き取りにくいところがあって、しかもそれが非常に重要な内容だった場合、どう処理したらいいでしょうか?

周慧良:蔡先生がパートナ―なら、だんぜん蔡先生にSOSを出しますね。

徐滔:パートナーの通訳者と協力し合うことです。数字の場合、メモをとってあげたりします。また、内容なども、前後の文章を予測する能力が必要ですね。先に訳して、後から補足するとか。

蔡院森:同時通訳で訳漏れ、誤訳は珍しくないことで、80%訳せたら良しとします。ただし、間違いは、訂正できるところは訂正しなければいけません。特に、日本語から中国語に訳す場合は、中国語の文字数が少ないですから、もし訳漏れがあった場合は、続きを聞いて、後で補足できる場合は補足します。できる限りのことをやります。

 

Q12:現場の緊張感をどうやってほぐしますか?

古川典代:まず、先ほど蔡先生が80%訳せてれば大丈夫だとおっしゃっていますが、日本では60%訳せてれば大丈夫だというふうに言われています。同通ブースでは、うまくパートナーとやれているので、割といろんな場面を切り抜けられていると思います。私はもう30年近くやっていますから、比較的緊張はしないんですけれども、新しい人は緊張しているのがよくわかります。そういう人と組む時は、緊張を和らげるような雑談をしながら、雰囲気を作ったりする努力をしています。

万紅:その人の状況や性格によっても大きく変わってきますから、そういった精神面の問題を克服するのは難しいですね。場数を踏むしかないと思います。日頃の練習はやり過ぎるくらいやって、しっかりとした基礎練をしてこそ、緊張からくるマイナスの影響を取り除くことができると思います。

 

Q13:日本と中国の通訳市場の違い、両国の通訳者の特徴、またそれぞれの良いところ、改善したほうが良いと思われているところはどこか、お仕事の現場で感じた違いなどあれば教えていただけますか?

古川典代:まず日本で、中国の方と組んで通訳に入ったときですね。「中国語から日本語に訳す方を私にお願いします、と。私は日本語から中国語に訳すほうをやります」と言われてがっくりきたことがあります。時間で15分、20分というふうにくぎって、中日、日中どちらも担当するというやり方がとても好きです。で、中国の方にそういうことを言われたのでちょっとびっくりしたんですけれども、母国語で分けたりすることはあるんですか?日本語が長くて、そのまますると中国語が短くなってしまうので、言ってないことまで形容詞たくさんつけてるな、ってことがよくあります。長さを合わせるのが大事なのか、その内容をきちんとつたえるのが大事なのか。中国は同時通訳ばっかりに重視しているのかなというのをちょっと疑問に思ってました。ただ私自身は最初ずっと逐次通訳で12年間くらい積んだ上で同時通訳に入ってますので、同時通訳は上の方の目標だと思っています。なので基本のところをしっかり積み重ねていって上のところを目指していっていただけたらなと思っています。

 

Q14:蔡先生は日本の通訳者の方とペアを組まれた時、日中の通訳で何か違いを感じられたことはありますか?蔡先生は日中訳、中日訳のどちらがやりやすいとお考えでしょうか?

蔡院森:まず、後の質問からですが、逐次通訳は日中訳、同時通訳なら中日訳がやりやすいです。長さの問題については、先ほど古川先生がおっしゃった通り、同時通訳のテクニックには繰り返しと、切り落としがあって、日中訳では繰り返し、中日訳では切り落としをします。繰り返しは意味に影響がありませんから。それから、中日訳、日中訳の分け方ですが、一通訳者は一スピーカーを担当するというのが、今は多いです。逐次通訳と同時通訳に関しては、逐次通訳は非常に重要で、重視しなければならないと私も考えています。

 

Q15:中高レベルの通訳者の収入についてお伺いしたいのですが。

万紅:年収に関して統計はありませんが、会議は一日6時間として、通訳者が手にするのは5,000~6,000元といったところでしょうか。

 

Q16:パネラーの先生方はどのようにして安定した仕事を辞めて、通訳の仕事を見つけ、この業界に入られたのでしょうか?

周慧良:銀行の仕事には限りがあるように感じましたが、通訳はこれから先もずっと新しい分野に触れることができる、というのが最大の魅力でした。

 

Q17:では、どうやって通訳のチャンスを手に入れられたのでしょうか?

周慧良:一つは通訳会社を通じて、もう一つは自分の努力です。

 

Q18:逐次通訳で、双方に意見の食い違いが出て、態度が非常に険悪になった場合、通訳者は雰囲気を和らげるために、刺激的な表現を避けるべきでしょうか?

周慧良:通訳者は発言者の言葉に忠実でなければなりませんが、忠実と言うのは一字一句違わないというのではなく、スピーカーの意味するところを伝えるということです。そうした特別過激な表現が、もし原文を100%翻訳することができないなら、少しアレンジを加えてみるというのもいいでしょう。ただし、スピーカーの意図するところを正確に表現しなければいけません。

 

Q19:蔡先生は先ほど忠実とおっしゃいましたが、いろんな場面に遭遇した場合、どのように柔軟に対応するべきでしょうか?

蔡院森:状況によりますが、忠実と言うのは、まず第一に重要なことで、スピーカーの立場に立って理解し、聞き手の身になって表現する。ですから、言葉の後ろにある意味を理解しなければなりません。そのような過激な言い方で伝えてよいかスピーカーに確認してもよいでしょう。

 

Q20:最後に、これから通訳の仕事を考えている皆さんに対してパネリストの先生方からメッセージをお願いしたいと思います。

周慧良:今日は通訳テクニックなどの紹介から多くの新しい知識が得られたと思います。日頃の頑張り、努力と蓄積が最も基本的な条件です。また、多くの方が通訳訓練の学習と実践に参加されることを期待しています。

徐滔:優秀な通訳者になるには、まず高度な理解力、そして、表現力とパフォーマンス力が必要です。また、謙虚な心で、常によりよいものを追求しなければなりません。さらに、度胸があること。通訳は孤独な作業で、通訳現場で頼れるのは自分だけですから、強靭な心を持たなければなりません。これらを備えていれば、突発的な出来事にも対応することができるようになります。度胸は自信から、自信は日頃の努力のたまものです。通訳は技術ですから、常に磨き続けなければなりません。同時に、通訳は技術を超えた芸術でもありますから、「最高」というのはなく、「さらに良いもの」しかありません。「さらに良いもの」を追求していくうちに、大きな楽しみを感じることができるのです。多くの方にそれを感じていただきたいと思います。

蔡院森:「継続は力なり」、「ツキも実力のうち」、「日々新たなり」、絶えず自己を高めていくこと、仕事から楽しみを見つけることです。

古川典代:皆さんもたくさん現場で感動を身に受けていただきたいと思います。ふだんから好奇心のアンテナを全開にしてたくさんのことを吸収してください。それから母国語の力をのばしてください。外国語は母国語の力を超えることはありませんから、そこが良くないと外国語をいくらインプットしてもだめですから。またどこかで通訳の舞台でお目にかかれるのを楽しみにしています。

万紅:通訳は決して平坦な道ではありません。成功のカギは信念と根気にあります。若い方々には、まず外国語を学習してから、文化を学ぶ、次に徐々に通訳技術を磨き、そして通訳の世界に入り、職業にする、ということをに期待しています。皆さんとお会いできるのを楽しみにしています。

 

 

 

 




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